りたいあーずらいふ

定年を迎えて晴れて自由になった日常を語ります。

介護生活がそろそろ始まるかも

自分が動けなくなるまでのバラ色の老後生活を期待していたわけでもないですが、このところ、厳しい現実に直面する出来事が起き始めています。

妻の実家で一人暮らしをしている義母の様子が、昨年後半からますますおかしくなり、電話が通じないことが多くなりました。生活が不規則になっているようで、食事も何を食べているのか分からない状態なので、まず、弁当の宅配を頼むように勧めたのですが、そんなの要らないと一点張りで聞く耳を持ちません。

妻が掃除をしつつ、食料を持って出掛けるのですが、同じことの繰り返しです。家の荒れ具合が悪くなりつつあるようです。

途方に暮れ、半ばノイローゼ状態にも成りかねない妻を見かねて、一杯に溜まった生ごみを車に積んで処理センターに持ち込み、役所の包括支援センターへ相談に出向きました。

状況を伝え、担当者に義実家への訪問を依頼しましたが、拒絶しているのか、寝ているのか、反応がないとの連絡を受けました。遠くに住んでいる妻の妹にも一度行ってもらうことを依頼し、丁度、その約束した日の時間位に、妻の携帯が鳴りました。

「家にパトカーが来ていて、家を開けようとしている」と動転した義妹からの連絡が入りました。

包括センターから連絡を受けた民生委員が様子がおかしいと、警察に連絡して、新聞受けに溜まった大量の新聞と玄関先の荒れ具合を見て、警察に通報してくれたようです。

義妹も鍵を持っていたので、家に入ったところ、義母が倒れていました。

幸いにも意識があったのですが、意識朦朧だったため、救急搬送されましたが、低体温症の状況で、病院に駆けつけた時には、最悪の状況も覚悟して下さい、とまで言われましたが、なんとか一命を取り留めました。

ひとまず、救急病院に入院していましたが、病状が安定してきたので、退院を促されましたが、自宅は生活が出来る状態ではなく、私もマンション住まいなので引き取ることはできません。

行き先を紹介してくれる訳でもないので、自分で地域包括ケア病棟という、そうした高齢者の受け入れをしてくれる病院を探してリストアップし、救急病院のケースワーカーに渡して、紹介の手続きを依頼しました。

交通も不便で高速を使って一時間も走らないといけない場所なので、もう少し近めの場所を探したのですが、至近では見つからず、妻の妹の嫁ぎ先に近い病院に転院が決まり、私の車に乗せて運ぶことにしました。

一日も早く退院して欲しいため、次の病院の受け入れ日の当日、朝8時半には退院手続きをした後、次の病院に届けて欲しいと言われました。

しかし、こうした病棟も、最大二ヶ月と期限が決まっているそうで、次の病院、施設探しをしなければなりません。

費用の工面も、実家の資産管理がどうなっているのか判らない状態で、これから紐解いていく必要がありそうです。

介護は拒否していても、やる時はやらないと後々大変な結末に至ることも避けられない、教訓になりました。でもこういう事態にでもならないと、入院もしくは施設に入って貰うことも出来なかった、ことも確かです。日頃の親子関係、信頼関係が足りなかったということかもしれません。

一方、自分の母親も一人暮らしで、最近、認知状況に不安を感じ始めています。なんとか自分で食事、買い物、入浴は出来ていますが、なにかが無いとか、使い方が判らなくなった、というような電話が多くなってきました。周期的にうつ状態になるようで、そうした状態の自分を悲観する電話も掛かってきます。

要支援認定は受けているものの、家事支援やデイサービスに行くことは頑なに拒否していますが、近所に済んでいるので、頻繁に出向くことが出来るので今のところはなんとかなっています。

まだ実際に介護をしている状況ではないので、長年自宅介護をされている方にすれば取るに足りないことかと思います。夫婦ともこうした状況は初めての経験で、まだまだこれから大変な局面に遭遇することが出てくることが想像されるなか、ブログでの体験談など参考にさせて貰いながら、誰もが経験するこの道を乗り越えていかねばなりません。